Radiative transfer は21世紀の相対論になるか

 最近あまり気象・気候のエントリーを書いてない。というか、ブログすら更新していない。ちょっと公私ともにバタバタしていてね。出張先で時間ができたので、安宿で缶ビールでも飲みながら、気候のエントリーでも書いてみるよ。

CO2温室効果懐疑論

 Onkimoさんのエントリー harusantafe さんが twitter で論争を - 「温暖化の気持ち」を書く気持ち

 いつも愉快なonkimoさんのエントリーでCO2 15μm吸収による温室効果懐疑論について語られている。Onkimoさんによると、これは(1)飽和論と(2)無放射緩和過程論に分類できると言う。

飽和論

 前者の飽和論は懐疑論の文脈で語られることが多い。15μmは光学的に厚い(optically thick)。だからこれ以上CO2濃度がふえても温室効果は増加しないという理屈だ。15μmのラインはたしかに光学的に厚い。地球大気のスペクトルを宇宙から観測すると、この吸収プロファイルが台形状になっているのがその証拠だ。また、温室効果はCO2濃度の対数で効くのもその証拠だ。ちなみに光学的に薄いと線形で効く。これを飽和と称するかどうかは別として、CO2の吸収線は光学的に厚い。

無放射緩和論

 後者の無放射緩和論も懐疑論の文脈で語られることが多い。CO2分子が赤外線を吸収するとCO2は励起される。しかし窒素分子に衝突して励起されたエネルギーが窒素分子の熱エネルギーに変わるので、CO2の励起はなくなり赤外線を再放射できないだろうとう理屈だ。これもradiative transferの初学者が陥りやすい間違いだ。「局所熱平衡(LTE)」や「キルヒホッフの法則」でググれカスと言われても仕方がないだろう。このへんは僕も過去のエントリークライメイトゲート事件:いまさらホッケースティック論争? - 雑多な覚え書きで言及した。

簡単だけど複雑 ―相対論との類似性―

 Onkimoさん曰く:

「飽和」論も「無放射緩和過程」論も、確かに、わかりにくい議論なんですよね。いえ、物理を学んだ方にはそんなに難しいものではないのではありますが。

 僕個人としては、radiative transfer は物理学のなかでも難しい部類だと思う。でも、方程式系はとてもシンプルなのだ。radiative transferの方程式はボルツマン方程式から演繹的に導かれる完成した理論だ。しかも理論はシンプルで疑いの余地はない。でも難しいのだ。もっと正確に書くと、

Radiative transfer自体はとてもシンプルで疑う余地はない。しかしその方程式系から導かれる結果はとても複雑だ。

と書くべきだろう。

 これは相対論とのパラレリズムがあると思う。すなわち、

アインシュタイン方程式はシンプルだ。しかしその結果はとても複雑だ。

 Radiative transferと相対論が異なるのは、つぎの点だ。radiative transferがボルツマン方程式から導かれるのに対し、相対論は等価原理という原理としては自明ではないものから導かれる。

 懐疑論についてもパラレリズムが見いだせる。20世紀は「相対論は間違っている」が隆盛していた。21世紀は「温暖化は間違っている」なのだろう。

王道のアプローチ

 相対論も温室効果も「方程式はシンプルだけど、結果は複雑」という特徴がある。こういう問題にいどむとき、王道がある。それは

数値計算で解を求める。

これにつきる。複雑な問題について、数値計算を行わず、方程式の性質を頭の中であれやこれや、風が吹いたら桶屋が儲かるのような考えをめぐらせても、得るものは少ない。しかし、我々はコンピュータという20世紀最大の発明を享受しているのだ。コンピュータで数値計算を行って方程式系の性質を吟味するのが王道なのだ。

 世の中には、コンピュータシミュレーションを軽視する人がいる。彼らはこう言うだろう:
「コンピュータに計算させたら、何故かわからないけど、こんな結果になりました。こんなのは思考停止だ」
僕に言わせれば、こういう発言こそが湯川秀樹朝永振一郎の亡霊に取り憑かれていると思う。紙と鉛筆と難しい方程式で何かすごい知見が得られるという、そんな時代は終わったのだ。こういう人は過去の科学と現代の科学の流儀の違いを理解していない。ブルーバックスの読み過ぎだ。