IPCCが犯した3つのミス — 「ヒマラヤ氷河は2035年までに消滅」

【1月19日 AFP】国連(UN)の気候変動に関する政府間パネル(Intergovernmental Panel on Climate Change、IPCC)のラジェンドラ・パチャウリ(Rajendra Pachauri)議長は18日、専門家から「誤り」との指摘があった2007年の報告書におけるヒマラヤ氷河の解氷速度について見直すことを明らかにした。

「ヒマラヤ氷河は2035年までに消滅」は誤り?国連が見直し決定 写真1枚 国際ニュース:AFPBB News

日本の主要各紙も報道したうようだ(読売, 毎日, 朝日 朝日続報 Yahoo news)。

報道を読むところでは、どうやらIPCCは出典を孫引きしたらしい。孫引きの経路はこんな感じのようだ:

  • New Scientist → WWFIPCC AR4

これが1つめのミス。孫引きはいかなる場合も不適切だ。

問題の箇所は IPCC第4次評価報告書のワーキンググループIIの10.6.2 節 第2段落目(和訳はオレさま):

Glaciers in the Himalaya are receding faster than in any other part of the world (see Table 10.9) and, if the present rate continues, the likelihood of them disappearing by the year 2035 and perhaps sooner is very high if the Earth keeps warming at the current rate. Its total area will likely shrink from the present 500,000 to 100,000 km2 by the year 2035 (WWF, 2005).

ヒマラヤの氷河は、世界の他のどの地域の氷河よりも速く後退している。もし現在の調子のままだと、2035年かもしかしたらそれよりも早い時期にヒマラヤの氷河が消えてなくなる可能性は極めて高い。2035年までには、氷河面積は現在の500,000 から 100,000 km2 に縮むだろう(WWF, 2005)。

http://www.ipcc.ch/publications_and_data/ar4/wg2/en/ch10s10-6-2.html

たしかに2035年までにヒマラヤの氷河が消失するかもしれないと書いてある。

さらに驚くべきことに、IPCCはこの事実(?)が重要と判断し、Technical Summaryの囲み記事(BOX TS. 6)にも掲載した:

If current warming rates are maintained, Himalayan glaciers could decay at very rapid rates, shrinking from the present 500,000 km2 to 100,000 km2 by the 2030s. ** D [10.6.2]

http://www.ipcc.ch/publications_and_data/ar4/wg2/en/tssts-4-2.html#box-ts-6

このTechnical Summary は和訳もある:

現在の温暖化速度が継続されれば、ヒマラヤの氷河は非常に急速に崩壊し、2030年代までに現在の50万km2から10万km2に縮小し得る。** D [10.6.2]

http://www.env.go.jp/earth/ipcc/4th/wg2_ts.pdf

末尾の**の記号は確信度を示しており、4段階でつぎのように表記している。

*** 確信度が非常に高い
** 確信度が高い
* 確信度が中程度
確信度が低い

つまり問題の箇所の確信度は4段階の3番めで、「確信度が高い」と表記してしまったのだ。孫引きしておいて、確信度が高いと評価するって何なんだろうな。正直、この部分を担当した著者の見識が疑われる。他にもたくさん孫引きがありそうだという憶測を招いたとしても、しかたがないだろう。これが2つめのミス

さらに WWF世界自然保護基金という環境NGO団体)を引用するとはどうかしてる。WWFはただのNGOだよ?論文雑誌から引用しなきゃ。仮りに元論文をたどってNew Scientistにたどり着いたとしよう(実際には、New Scientistに掲載された事実はないようだが)。New Scientist にたどり着いた時点で引用すのを止めるのが普通だ。だって、New Scientistから引用って雑誌ニュートンから引用したよ!というレベルだと思うよ(竹内均先生ごめんなさい)。

これが3つめのミス

ボクの分野でこんなことしたら引用した著者の見識が疑われる。査読つき論文ではなくレビュー記事における引用でも同様だ。また、被引用論文をロクに読みもせずに引用する行為も同様だ。

例えば、ある難しい式が論文に載っていたとしよう。この論文は実は計算間違いしていたのだけど、それを検算せずに間違ったまま引用したとする。この場合も、著者の信用はガタ落ちだ。

まとめると、IPCCが犯した3つのミスは以下の通り:

  1. 元文献を吟味せずに、文献を孫引きした。
  2. 確信度が高い重要な結果としてTechinical Summaryに採用した。そして間違った内容が一人歩きした。
  3. 怪しげな文献を引用した。

とまぁ、以上が今回のドタバタ劇の第1報を聞いたときの感想。

ちなみに、IPCCは1月20日付で訂正というか釈明を掲載している(IPCCの訂正文)。